仁徳天皇陵、学問上その人が葬られているか実証されてない?

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ここのブログに来られた方々のために、

トップにある写真は私が天気のいい日に再三行って

人のまばらな時を狙って写した写真である。

ここ仁徳天皇陵は歴史遺産という位置づけについては、

様々な文献があるがやはり1300年以上前に記された古事記や、

宮内庁資料、また現地調査などをされた考古学者や

歴史学者の文献などに頼る以外になく

ご了承願いたいと思います。

さもなければ1600年前にタイムマシンに

乗って仁徳天皇の時代を調査する以外になく

まるでSFの世界に入りかねない。

正しい名称は、仁徳天皇百舌鳥耳原中陵

(にんとくてんのうもずのみみはらのなかのみみささぎ)というが、

地元では仁徳さんと昔から親しまれてきた。

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別の機会に御父の応神天皇・御母の仲姫命・履中天皇反正天皇

皇居の難波高津宮などについて書いていきたい。

「仁徳陵」は、大仙(だいせん)古墳

とか大山(だいせん)陵古墳と呼ばれることが多いのは、

学問上「仁徳天皇」その人が葬られているか

どうか実証されていないからである。という、

古墳が地震や災害のために崩れたりしなければ

内部調査は無理だと思うが、

実際学問的調査をするというだけでも、

反対が多かろうと思うがおおよそ見当がつく。

早速、7月の初め頃に日の丸を付けた街宣車が数台で乗り付け

仁徳天皇陵の前で世界遺産反対という

(天皇家代々の墓は触るなという主張だと思う)反応の早さである。



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