初の中国全土を統一した秦の始皇帝、その時歴史は動いた!

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1999年当時、映画ラストエンペラーの影響もあり、家族旅行で北京の天安門広場や紫禁城、

万里の長城、明の十三陵(定陵)などを見学した。

十三陵の中でも定陵だけが唯一地下宮殿が発掘され、地下宮殿は深さ27m、

地下9階、見学者はひたすら地下階段を降りた、厳重な警備で写真撮影などは厳禁。

皇后の柩などが安置されていたが、副葬品も価格など付けようもない品物だったように思う。

また、2200年前の古代中国を舞台にした映画(HERO)が話題を呼んだ時があった。

紀元前221年、500年間の戦乱に終止符を打つ、それは初の中国全土を統一した

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秦の国が他の6カ国を制覇し26年、天下統一の時、稀代のカリスマが中国に立つというテーマ、

中国初の生みの親、その時歴史は動いたで取り上げられた。

秦の始皇帝、あまりにも有名であり、私達を驚かしたのは秦の始皇帝陵の出土によって

1974年兵馬俑(へいばよう)地下軍団が20世紀最大の考古学発見、

後に秦の時代の古文書37000点が初めて公開された。

秦の始皇帝の合理的な統治の姿が浮かび上がる。晩年の独裁は秦の法があまりに厳罰主義、

強大な権力者であったが故に滅びる、現在の中国と共通制はないのか?。


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