ルーツと語源(人別帳管理・札付きのワル・左側の大切さ)

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キンタクンテ語源は興味深い単語の中で、行動規範に意識の有無に関わらず存在しているように思う。

昔ルーツという映画があった、「キンタクンテ」という黒人の青年は、アメリカ大陸で生まれ

生活を営んでいる、だけどこのアメリカは白人の国で元の現住人やヨーロッパから移住してきている、

自分の先祖はどこからきたのかわからないという、そこで自分の先祖探しをはじめ、

自分の先祖はアフリカのガンビア・マンディンガ族の出身で白人につかまり、

アメリカへ奴隷として売り飛ばされたというストーリーです。

自分というルーツや言葉の語源や行動にもある。

例えば、「札付き」です。よく「あいつは札付きのワルだ」などと使われる言葉です。

この言葉について時代劇者のテレビや映画のなかには、よく出てくる言葉です。

江戸時代の刑罰は連座制でした。ということは、一家の誰が悪事を犯しても、

その罪は家族全員に及んだのです。

そのため、素行の悪い子を持つ親は、親子の縁を切って、

連座制による罪が及ぶことを避けようとしました。

「平生不身持にて度々意見差加え候も相用いずに付、勘当いたし候」といった

内容の届出を作成したうえ、親類、五人組、町役人が連署し、名主に届けたのです。

江戸の名主であれば、書類を町奉行所に提出し、決済を受け。奉行所で受理されれば、

子は一家の人別帳から抹消され、無宿人となります。人別帳から抹消されることを

帳外といいますが、帳外となれば、子がどんな悪事を犯そうとも、

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もとの家族には罪が及ばなくなります。

人別帳は町役人によって管理されていましたが、役人側は勘当されそうな注意人物には

あらかじめ札を貼っておき、勘当の予備軍として素早く対応できるようにしていたのです。

これを「札付き」と呼んでいました。「札付きのワル」は、ここから来ています。

また左側の大切さについては、武士は左側を重んじました。右大臣、左大臣をみても、

左大臣のほうが格上です。道を歩くときも、下の者は上の者の右後ろを歩きました。

道を歩くときに左側を行くのは、刀を左に差していたので、右側を歩くと、刀と刀が

当たって失礼だったからです。鞘当の言葉はここから来ています。

また衣服を着るときも、常に左袖から腕を通しました。草鞋なども同様で、左足から履きました。

これは素早く戦闘態勢をとれるようにするためです。弓は左手で持ちますし、

槍も左手を前にして右手を後ろに添えます。敵に近い位置に来る側を優先したといえます。

もともとは、実利があって優先された左側ですが、後には形式的にも重んじられるようになりました。

出陣の際に行われる三献の儀と呼ばれる儀式の中にも、左側の大切さがみられます。

三献の儀とは、縁起物である三種の肴(鮑、栗、昆布)を食べ、その間、

三回酒を飲む儀式です。この際、陪(ばい)膳所役(ぜんしょやく)、長柄所役(ながえしょやく)、

堤所役(くわえしょやく)の三役が大将に酒を注いだり、肴を運んだりするのですが、

その所作は必ず左回りに行われました。酒を注ぐ時も、左に傾けて行われました。

切腹のときは、逆に右に傾けて注がれたのですが、このように厳密に右と左は

意識されて使い分けられていたというのです。

こういう語源についても、時間のあるときに考えてみたいものである。


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