古墳と埴輪など、未解明がその周辺の魅力とミステリーを高める!

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はにわ4歴史は魅力的です。

それはいまだに解明されないものがあって、とってもミステリーで心を惹かれるからでしょう。

とはいえ、記録がしっかり残っているものもあります。

例えば、大田牛一の「信長公記」には、様々な情報が詳しく書いているので、

私たちが知るための手がかりになります。

しかしあくまで文章だけですから、伝聞に過ぎません。

古墳などの考古学でわかるものは現在にその形を残しているので、

様々なことがわかります。


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例えば、A地域の古墳が小さければ権力の小さい豪族がいたことがわかりますし、

前方後円墳の大きいのが出れば、大きな権力を持つ豪族がいたことがわかります。

また、中の副葬品を見てみると、そのときの文化や風習を直接知ることが出来ます。

これは古墳だけでなく、その周辺の状況を知ることが出来るという点でも魅力で、

例えば古墳の周りには、円筒埴輪があります。

これを祭器だと考えられている人が多いのですが、

実は最初はただの土砂崩れを防ぐものだったと言います。

ですから最初は簡単な形が多く、その後、

円筒埴輪のデザインも凝った作りの豪族が現れました。

このように、古墳は様々なことが直接わかることにロマンがあります。

歴史書と一緒に紐解いていけば、更に有意義になるでしょう。

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ここで視点を変えて、埴輪(はにわ)を置(お)いた意味(いみ)は

はにわ3

古墳(こふん)時代より前の弥生(やよい)時代に使われていた壷(つぼ)と

それをのせるための器台(きだい)という土器(どき)のかたちが、

どんどんかわって円筒埴輪(えんとうはにわ)や

朝顔形埴輪(あさがおがたはにわ)になりました。

壷などは死者(ししゃ)にささげる食べ物をいれた入れ物でした。

ただ、円筒埴輪(えんとうはにわ)はくっつけて列にしてならべたので、

人が古墳の中に入れなくするための柵(さく)のかわりの役割(やくわり)もありました。

古墳時代でも新しくなるほど、家やいろいろな品物(しなもの)、人、

動物の埴輪が数多くつくられるようになりました。中には、木や石でつくられたものもあります。

≪古墳につかった埴輪の数は≫

大阪府(おおさかふ)の大仙(だいせん)古墳は30,000本、

墳丘(ふんきゅう)の長さが194メートルの

兵庫県(ひょうごけん)の五色塚(ごしきづか)古墳では2,200本の埴輪があったでしょう。

≪埴輪の種類は≫

埴輪の中で一番多いのは円筒埴輪(えんとうはにわ)ですが、

ほかにもいろいろあります。また、埴輪と同じように並(なら)べられた

木の飾(かざ)り物(もの)や石でつくったものもあります。


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