X JAPAN!20年ぶり全国ツアーへ紅白での演出期待も?

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X JAPAN、12月に20年ぶり日本ツアー 10月には4年ぶり新曲

ロックバンドX JAPANのリーダー・YOSHIKIが19日、都内ホテルで記者会見を開催し、

X JAPANとしては1995年から96年にかけて行われた『DAHLIA TOUR 1995-1996』以来、

20年ぶりとなる日本ツアーの日程を発表した。(オリコン)

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X JAPAN   エックスジャパン

1982年にYOSHIKI(Dr, Piano)とToshl(Vo)を中心に結成される。

インディーズで絶大な人気を誇り、1989年にアルバム「BLUE BLOOD」でメジャーシーンに進出する。

派手なメイクと衣装に代表される独特のスタイルが大きく注目される一方で、

ハイクオリティなヘヴィメタルサウンドと確かな演奏力が高評価を獲得。

攻撃的なメタルナンバーとドラマチックなバラードの双方に定評があり、

ヴィジュアル系バンドの先駆者的存在としても認知されている。

人気絶頂の1997年、ToshIの脱退宣言を機に解散。

再結成が熱望されるも翌1998年にHIDEが急逝し復活は絶望視される。

しかし2007年10月に突然活動再開を宣言し、

復活第1弾となった新曲「I.V.」はハリウッド映画「SAW4」のメインテーマソングに採用された。

2008年3月には復活の東京ドームライブを3日間にわたり開催。

2009年5月にはSUGIZO(G)が新メンバーとして正式加入している。

2010年8月には米の大型ロックフェス「ロラパルーザ」に出演し初の全米ツアーを行ったほか、

日産スタジアムでの2DAYSライブも開催。

2011年にはヨーロッパ、日本、南米、アジアを回るワールドツアーを成功に収めた。

X JAPAN紅白出場の一方でTAIJIの死は疑惑が残ったまま…

妻が告発するマネージャーの不審行動とは

出典:リテラ    2015年12月14日 12時00分 (2015年12月18日 21時56分 更新)

先日、18年ぶりとなるNHK紅白歌合戦への出場が発表され注目度を増しているX JAPAN。

そんなX JAPANが1995年の「DAHLIA TOUR」以来20年ぶりに行っている国内ツアー「X JAPAN JAPAN TOUR」が、


12月14・15日の日本ガイシホール公演をもって千秋楽となる。

11月28日に宮城県は石巻のライブハウス、石巻BLUE RESISTANCEでのチャリティ公演から始まったツアーは、

横浜アリーナ、大阪城ホール、マリンメッセ福岡、広島グリーンアリーナとめぐった。

この後、16年3月にはイギリス、ウェンブリー・アリーナでのコンサートも決まっている。

また、英国での海外公演に加え、16年3月11日には20年ぶりとなるニューアルバムの発売も予定。

なにかと活動が滞りがちだったX JAPANがいよいよ本格的に動き出すとのことで多くのファンは喜びが隠しきれない様子だ。

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 しかし、X JAPANはその長きに渡る活動のなかで、HIDEとTAIJI、二人のメンバーを失っている。

今回のツアーでも横浜アリーナ公演のMCでYOSHIKIが「みんなの気持ちを少しでもHIDEとTAIJIにも届けられるよう、

世界に向けて頑張っていくので応援お願いします」という言葉を残している。

そのなかでも特に、11年にサイパンで客死したTAIJIの死は謎に包まれている。

サイパンへ向かう飛行機のなかで暴行事件を起こし逮捕。その後、拘置所内で首吊り自殺を図り、

数日後そのまま帰らぬ人となってしまった。

TAIJIはなぜ暴行事件を起こし、そして自殺騒動まで起こしたのか?

真相はいっさい語られぬまま時が過ぎ、このまま死の理由は藪の中かと思われた最中、

ある本の出版により事態は急変する。

生前、TAIJIの内縁の妻として生活を共にしてきた赤塚友美さんが『TAIJI 沢田泰司』(宝島社)という本で彼の死の謎を明かした。

そこに書かれていたのは、悪徳マネージャーとの確執、そして、そのマネージャーの奇怪な行動。さらには、

サイパンの拘置所や病院の信じがたいほどに杜撰な体制であった。

出版当時、驚きをもってむかえられたこれらの新事実。

ここに当サイトで本書を取り上げた記事を再録するので、X JAPANの再出発の一方で、

置き去りにされた、TAIJIの死について、もう一度考えてみてほしい。(編集部)

2013/10 現在   X JAPANのメンバー

ギター,バイオリン SUGIZO

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LUNA SEAのギタリストで、再結成のときに加入。

河村隆一よりも実際はナルシストだと思われる。

ギター HIDE

デビュー時のメンバーでは一番最後にXに加入。

作曲、作詞の能力にも長けていて、アルバムのうち2、3曲は彼が作る。YOSHIKIがピアノで作った原曲を、

ロック調にアレンジしていたのも、彼とTAIJIだったと言われている。

ヴィジュアル系の生みの親で、メイクやファッション、パフォーマンスなど魅せることが得意。

大魔神五人組やソロ、zilchでは、ボーカルも担当している。

性格は、気配りができるタイプで、要領も良く、後輩にも慕われていた。

ベース TAIJI

Xの初期はYOSHIKIとTAIJIの二人の天才の才能が大きい。

TAIJIは作曲、アレンジなどの能力はもちろん、楽器がとても上手い。

ベースは日本のロック系ベーシストの中でもトップクラスで、実力派メタルバンドのLoudessでも活動していた。

ギターもHIDEより上手いらしい。

エピソードから破天荒な性格と思われるが、ラジオやインタビューを聴くと、とてもしっかりしていて、基本は敬語。

幼馴染YoshikiとToshiが高校2年の時にXが誕生しました。

 1987年にメジャーデビュー当時のメンバーがそろいます。

1989年、2作目のアルバム「Blue Blood」でメジャーデビューを果たします。

1989年9月にアルバムから「紅」をシングルカットし大ヒットしました。

その年の新人賞や音楽賞を数多く受賞しました。

1990年にはNHK紅白歌合戦に初出場します。

1992年新しいベーシストHeathが加入し海外進出を目指すことにしますが、

「X」というバンドがアメリカにすでに存在したため「X JAPAN」に改名しました。

1997年ボーカルToshiが脱退後、後任のボーカルが見つからなかったためXJAPANは9月に解散を宣言します。

第48回NHK紅白歌合戦が最後のステージとなりました。

 

2007年公式ホームページで活動再開を発表します。

2009年、再結成以来サポートメンバーだったSUGIZOが正式にメンバーに加入し、

2010年横浜国際競技場でワールドツアーライブを開催しました。

メンバーのHideが1998年に急逝します。

告別式には5万人近くが集まり、社会現象になりました。

神奈川県にあるHideのお墓には現在でも熱心なファンがお参りに訪れています。

Hideと同郷で当時の小泉純一郎首相がX JAPANのファンを公言して話題になりました。

1989年「紅」で日本有線大賞最優秀新人賞、1990年「Endless Rain」で日本有線大賞有線音楽優秀賞を受賞しました。

2012年にはハードロックの祭典「Golden Gods Award」で「ベストインターナショナルバンド賞」を受賞しています。

NHK紅白歌合戦には1991年から4年連続出場を果たし、1997年に再び出場しています。

97年以来、18年ぶり6度目となるX JAPANの出場も決定した。

同バンドは同年の紅白で解散し、2007年に再結成。同局の関係者によると、

紅白が放送されるNHKホールからの出演で、再結成から紅白の舞台に戻って来るまでの軌跡を、

映像やナレーションを使って演出したい意向。97年出演時の映像を流してHIDEさんも“出演”する予定だ。

97年に出場した際に歌唱した「Forever Love」と代表曲「紅」のメドレーになるとみられる。

出演順は後半の重要なポジションで、97年の白組司会だったSMAPの中居正広(43)が曲紹介するプランも急浮上。

12月15日に終わる日本ツアー後に最終調整に入る。

18年前、僕たちX JAPANは紅白を最後に解散しました。

以前のX JAPANにとって年末といえば東京ドームでのカウントダウン、そして紅白が恒例となっていました。

解散後、本当にいろいろな事がありましたが、ファンの皆さんがどんな時も僕らを応援してくれたお陰で、

また国民的音楽番組“紅白歌合戦”に戻って来る事が出来ました。

昨年のニューヨーク・マジソンスクエアガーデン、今週末から始まる20年ぶりの日本ツアー、

来年3月のイギリス・ウェンブリーアリーナ、そして本日発表された紅白の出演..

本当の意味でX JAPANは復活したんだな!と実感が湧いて来ました。本当に光栄です。

今回、日本の皆さんには海外ツアーなどで経験を踏み一回り大きくなったX JAPANを見て頂ければ嬉しいです。

ファンの皆さん、関係者の皆さん本当にありがとうございます。

出典:YOSHIKI


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