「百舌鳥・古市古墳群」の記事一覧

古代の生き証人としての百舌鳥・古市古墳群

古代の生き証人としての古墳日本各地には古墳が存在していますが、それらは、日本の悠久の歴史を我々現代人に伝えてくれる古代の生き証人とも言える存在です。古墳の側に行くと、古代の息吹を感じることができます。ことに、関西に点在し・・・

世界文化遺産登録となると天皇問題と絡めて反対する国もあるのでは?

永井路子氏が書いた「ミンサイ物語」という小説があります。これは幕末近くになって、小藩の藩主が領内にある御陵の修復を行うといった内容です。多くの家臣は、殿さまの命を、近頃強くなってきた勤皇思想に迎合する態度、と捉えます。実・・・

貴重な文化遺産を大事に!20年以上日数を掛けての建設は凄い!

確かに天皇陵は、今、考えると想像もつかない延べ人数を動員しての建設だったのですね。しかも、20年もの永き日数を掛けての建設というのは、凄い!の一言です。現代の日本でこれだけの人数、日数を掛けて何かを造るということは考えら・・・

仁徳天皇陵が世界的規模の大きさとは知りませんでした!

世界一というのは、何でも結構知られているものですが、 二番手、三番手となると驚くほど知名度は低くなるものですね。 仁徳天皇などの古墳がピラミッドや秦の始皇帝稜と 比肩し得るほどの世界的規模の大きさだというのは、 恥ずかし・・・

<講 演>関西から見る日本の歴史と文化 古墳で読み解く日本の古代

関西広域連合 歴史街道推進協議会関西から見る日本の歴史と文化 古墳で読み解く日本の古代  古代、日本の古代国家が確立するとともに文化の基盤が形成された時期に造成された「古墳」は、今でも列島各地に16万基も残っています。 ・・・

古墳と埴輪など、未解明がその周辺の魅力とミステリーを高める!

歴史は魅力的です。それはいまだに解明されないものがあって、とってもミステリーで心を惹かれるからでしょう。とはいえ、記録がしっかり残っているものもあります。例えば、大田牛一の「信長公記」には、様々な情報が詳しく書いているの・・・

第15代応神天皇の古墳時代中期とは、実在が確かめられた最初の天皇

井上光貞氏は、確実に実在が確かめられる最初の天皇としている仁徳天皇の条と記載の重複・混乱が見られる。河内王朝の始祖と見なす説、河内王朝(かわちおうちょう)は、大阪府の上町台地に本拠地を置いた倭国の王朝。またその王朝に対す・・・

まだ解き明かされていない仁徳天皇一族と陵墓の存在!

第15代の応神天皇の崩御の後、最も有力と目されていた皇位継承者の菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)皇子と互いに皇位を譲り合ったが、皇子の薨去(『日本書紀』は仁徳天皇に皇位を譲るために自殺したと伝える)により即位したという。・・・

古墳の故郷明日香村?

箸墓古墳(はしはかこふん)/桜井市ホームページ                                            石舞台古墳全国にいろんな古墳があると思いますが、質量ともに日本一と言える場所は奈良県の・・・

前方後円墳(画像)の名付け親は、江戸時代末期の蒲生君平

画像は大仙陵古墳(伝仁徳天皇陵、大阪府堺市) 最大規模の前方後円墳(5世紀前半-中頃の築造)前方後円墳の名付け親は、江戸時代末期の儒学者にして尊王論者であった蒲生君平(1768年~1813年)です。蒲生君平は、『海国兵談・・・

皇室の古墳は発掘しないことになっていますが、宮内庁は?

日本では皇室の古墳は(らしい物も含めて)、発掘しないことになっている。最近では宮内庁が時々開放することがあるが、私が言っているのは応仁天皇陵や持統天皇陵等のことです。持統天皇陵は天武天皇との合葬で野口王墓古墳と言われ、珍・・・

古墳の魅力、昔の権力者たちの墓がなぜ魅力的なのか?

百舌鳥古墳群 概観    堺市役所21F展望ロビーより。画像中央左に大仙陵古墳(伝仁徳天皇陵)、右奥に上石津ミサンザイ古墳(伝履中天皇陵)、左奥に土師ニサンザイ古墳。おそらく古墳が好き、という人はなかなかいないのではない・・・

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